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2007年03月10日 22:29に投稿されたエントリーのページです。

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2007年03月10日

大井の経歴⑫

テレビでは「ディー○○○○」という映画が流れています。
この頃ちょうど似た映画に「アル○ゲ○ン」とうものもありました。
大井は今流れているものの方が好きですね。
 
◆大井の経歴⑫
ご無沙汰しました。
 
大井は第二製造課の主任として毎日、
・客先から寄せられるオーダーを整理し
・生産計画を立て
・生産手配をし
・現場監督者と打ち合わせ
・現場スタッフの苦言を聞き
・外注さんにお願いをし
・出荷されていく品物を見送る
・・・・
本当に毎日。
家族とは別に夜遅く夕食を食べましたが女房には手間がかかったことでしょう。(ありがとう。)
 
朝、会社に出社するとまた一から始まる。
 
ソフトウェア屋さんだった頃はプロジェクト(課題)には終わりがあって、それが実感できたものでしたが生産管理の業務はまるで違いました。
 
その頃の製造課の課長は担当する客先の窓口として、よく出かけ会社にいないこともしばしばありました。
先に書いたとおり主任は課長代務を執行しますので課のマネージメントを経験しました。
 
1年もすると業務には慣れ、客先の希望が先読みできるようになります。
これができるようになると自分の手で製造工程を管理している実感がわきます。
生産現場の残業など、あまり変動しないように気を配るようになりました。
 
テレビラックの部品が間に合わず、客先の入荷口でドッキングして組み付けたこと。
128(?)インチのジャンボ○ロンは穴間ピッチを出すのに手間取った。
○○NYブランドの高級プロジェクターは塗装が凝っていて良品ができるまでに何度もやり直しをしました。
生ごみ処理機では部品のリードタイムが長くて。
病院などで配膳する台車を作っていたこともありました。
みんな忙しかったな・・・。
 
今振り返っても貴重な体験でした。
 
そんなこんな3年ほど経って、客先へお正月の挨拶に行って帰ってくると
「大井くん××日から課長やってもらうから・・・」と役員さんから言われました。
唐突で、特別な部屋で通達されたわけでもなかったので
「?????、わかりました。」と答えたように記憶しています。
 
実感が無くて辞令を受け取るまで家族にも話しませんでした。
 
次回より、「課長・大井景紹」始まります。

| 執筆者:大井景紹


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